「そばにいてよ!」
僕が叫ぶ。
君は笑う。
「ここにいるよ。」
確かに姿は見える。指をのばせばふれる距離に君はいる。
よく見ると髪が少し痛んでるな。思ったより肌もくすんでる。
「見えるでしょ?ちゃんと。」
僕はうなずく。
「それでいいのよ。」
「それ以上は望めない?」
君は寂しげにほほえむ。
「望む必要がある?」
望んだとおりの姿に、私は絶対ならないのに?
君の言うことがよくわかる。

君は対岸にいる。
足もとの川は音もなく流れている。水だけがひそやかに、それでも駆けるように移っていく。水音は決して鳴らないだろう。音は存在自体を拒まれている。
川から立ちのぼる薄い霧の向こうに君がいる。実に不思議な距離感だ。君がきめ細かく見える。それでも僕たちはきちんと川を隔てて両岸にいる。

「この川は渡れないんだろうね。」
僕は訳知り顏を装って言う。君も僕の衒いを知っている。微笑むだけで返事はしない。
わかっていることを、どうして言うの?
笑顔で非難されるのが一番こたえる。こたえるなあ、と僕は思う。
「わかってる、わかってるんだよ。」
今のままに納得できない。かといって川を踏み越える勇気はない。
そんなときにその場にしゃがみこむのは、たしかに一時しのぎにはなる。
川は僕の前を音もなく流れ続ける。