あいのことば
顔の浮かぶ誰かに向かって書くのがいいのか、漠然と「こんな人」に宛てたらいいのか、迷ったけれど間ぐらいを落としどころにして考えよう。
元気ですか。
僕はいつも通り、元気でも元気でなくもないです。
僕の話を聞いてくれますか。
聞くよ、とまっすぐにあなたが見つめる瞳すら怖い僕の心が溶けないのは、やはり僕が悪いのです。
あなたの話を聞きたいです。
あなたの話すことを、あなたが意味をこめたままに聞きたいです。
余計なうなずきも、つまらない相槌も、本当に要るところ以外は、なくしてしまいたい。
そんなところに使うエネルギーも惜しい。
全部あなたの話を聞くために使いたい。
人は、他人の話を、他人の声を、ありのままに聞き取れるのか。
嘘なら出来るなんて言われたくないし、出来ないと切り捨てられるのも嫌だな。
個性は人とかかわるにはたまらなく邪魔になります。
しかしそれでいて必要なものです。
あなたがあなたらしくいるため、
なくてはならないものなのに、同時に僕とあなたの間を阻むもの。
あなたの話を、透明な水になって聞きたいのです。
あなたの話が僕に余すところなく溶けてくれればいいのに。
耳を澄ませていたつもりが、いつの間にか僕はあなたに苛立っていたり、退屈になったりしている。
あるいはあなたの話を聞くことは、あなたを大事にすることにはならないのかもしれない。
あなた色のゴミに濁された水になった僕を、あなたはどうするだろう。
こんなものを拾ったよ。
右手を開いてあなたに見せる。
あなたはそれを見てはしゃぐ。
そしてあなたも右手を開く。
僕の見つけたものが、あなたを心から笑わせて、
あなたの見せてくれたものが、僕をかぎりなく喜ばせる。
明日は何を見つけられるかな、と僕たちは午後6時の夕闇の中で手をつなぐ。
昔のほうがよかったね、と言う人。
僕はそんなことはないと思ってる。
昔だって大して良くはなかったよ、大概。
小学生って残酷だった。
ドッジボールが弱い子も、キャラクターのプリントされたペンケースを買ってもらえない子も、ゲームが一日一時間しかできない子も、愛想笑いしたり泣きそうになったりしながら暮らしていた。
今にもっとよくなる、とか、ずっと今が続く、と思いながら。
夢見る力は、何かに期待する力は、失われたかもしれない。
でもそれは取り戻せないものかしら。
正しいものが見つからない、素敵なことがわからない。
それって別に、知っていたことを忘れたわけじゃない。
まだ知りもしないことを今も知らないってだけ。
もがいてあがこうよ。
僕たちは素直さをしばしば忘れるね。
つきつめて合意に向かうのを面倒くさがってしまうね。
そうしようとさせるだけの魅力が、付き合いの中での慣れと惰性で、見えなくなってしまうからか。
脱ぎっぱなしの洋服。
いつの間にか増えているアロマキャンドル。
パスタか寿司か。
親の介護はどうしますか。
泣いたって笑ったって日々は続く。
明日も洋服は脱ぎっぱなしかもしれない。
今度は三日と使わない便利グッズが増えるかもしれない。
好き嫌いはますます食い違うかもしれない。
親は明日も子ども返りをこじらせながら生きているだろう。
それでも愛してるって胸を張れるなら、それだけで生きていける、きっと。
昨日よりもっとよくなる明日を願おうよ。
ダメ元もいいところ、オッズは百兆倍ってとこだけど。
それでも僕はあきらめずに、まずは洗濯物をたたむところから始めるよ。
きちんとたたんで抽斗にしまわれたシャツがあなたの心を打つことを、祈ることしか僕にはできない